こんにちは、兵庫をこよなく愛する、鬼兵庫です。
このページでは、兵庫県を構成する旧国名について解説しています。
旧国名とは?
旧国名(きゅうこくめい)とは、かつての日本の地方行政区分の呼び名のことです。
明治初期の廃藩置県によって「都道府県」が置かれるまで使われていました。

令制国(りょうせいこく)とも呼ばれているもので歴史は大変古く、起源はなんと飛鳥時代の大化の改新(645年~)、大宝律令(701年)まで遡ります。
五畿七道(ごきしちどう)という枠組みが当時に敷かれたのですが、東海道や山陽道など鉄道の路線や国道の名前として現存しているだけでなく、近畿・北海道という名前で地方や都道府県の名前としても残っており、現代の国民生活にも馴染み深いのが令制国・旧国名であると言えます。
令制国は各地方の地理や風土、文化の違いに基づいて制定された合理的なもので、それ故に大きな変更が加えられることなく江戸末期まで時の政権によって運用・活用されてきました。

ところが1871年に廃藩置県が起こり、令制国が行政単位としての役割を終えました。
さらに、江戸末期~明治期に産業革命の波が日本にも押し寄せ、鉄道・自動車・旅客機による交通革命が起こった結果、地政学にも大きな変化が起こり、令制国は実用性と合理性を失ったかに見えました。
しかし、令制国によって培われた性分は県民性として引き継がれているだけでなく、県内でも令制国による地域性が明確に別れています。
方言や食べ物、人の性格に至るまで旧国名で分類できてしまうほどで、兵庫県もその例外ではないと言えるでしょう。
兵庫県の旧国名 全7つ 全て言えますか?
兵庫県は、以下の7つの旧国によって構成されています。
え?! 5つじゃないの?
と思われた、兵庫県の事情通さん!
あなたはきっと正しい!
実は私も、この記事を書くまで知らなかったんです。(いやはやお恥ずかしい)
答えは、是非この先を読み進めてみてください!
摂津国
摂津国は、大阪の難波(なにわ)を中心とした経済と交易の重要な拠点として栄えた場所でした。
広大な淀川河口にあり、古くから水運が盛んだったことから、石山本願寺などの近畿でも有力な勢力が拠点としていました。
同地に大阪城が建設されてからは、関西の経済・交易・外交の中心として君臨していたと言えるでしょう。
その流れは現代においても脈々と受け継がれており、摂津は現代においても関西・近畿地方の経済の中心地となっています。
なお、現代で摂津国と言うと阪神間エリアと同じ範囲を示している、と一般的に考えられていますが、多少の誤差があるとはいえ、そう言ってしまって大きな差し支えはないでしょう。
兵庫県下で摂津国に含まれる領域は、以下の市町です。 (リンクを押すと各市町区の新店紹介ページへ飛びます。)
神戸市東灘区
神戸市灘区
神戸市中央区
神戸市兵庫区
神戸市長田区
神戸市須磨区の一部
神戸市北区の一部
芦屋市
西宮市
尼崎市
伊丹市
宝塚市
川西市
三田市
川辺郡猪名川町
その他兵庫県外では、大阪府北中部も摂津国に含まれています。
摂津国の近隣国としては、西隣に播磨国、北隣に丹波国、東隣に山城国・河内国、南隣に和泉国、さらに明石海峡を介して南に淡路国と隣接しています。
現在でもJR摂津本山駅や大阪の摂津市・摂津富田駅などの地名・駅名にその名が受け継がれています。
さらに大阪の北部は北摂とも言われ、交通の便や環境・治安が良く、移住先として人気のエリアともなっていることから、上品な方々(笑)が好んで住まわれている場所としても有名です。
播磨国
播磨国は別名播州とも言われており、広大な播磨平野を基に大規模な農業や漁業が盛んに営まれていた場所でした。
海側は平野、内陸では湿地や溜池・山岳地帯が広がっており、自然豊かな産物によって大きな恵みを得ていた地方でもありました。
そのため、近畿に影響を及ぼすような強力な勢力が根拠としていたり、戦国時代には狭い領土を巡って数多くの武将たちが群雄割拠していたこともあります。
なお、現代でも播磨や播州の風土は色濃く受け継がれており、播州弁は関西を代表する方言の一つですし、土地や道路・産物の名前にも播磨・播州の名が多く使われています。
兵庫県下で播磨国に含まれる領域は、以下の市町です。 (リンクを押すと各市町区の新店紹介ページへ飛びます。)
神戸市垂水区
神戸市西区
神戸市須磨区の一部
神戸市北区の一部
姫路市
明石市
加古川市
三木市
小野市
加東市
西脇市
加西市
高砂市
たつの市
相生市
赤穂市の一部
宍粟市
佐用郡佐用町の一部
朝来市の一部
加古郡稲美町
加古郡播磨町
揖保郡太子町
赤穂郡上郡町
神埼郡福崎町
神埼郡市川町
神埼郡神河町
多可郡多可町
兵庫県外で播磨国に含まれているエリアはありません。
播磨国の近隣国としては、西隣に備前国・美作国、北隣に但馬国・因幡国、東隣に摂津国・丹波国、さらに明石海峡を介して南に淡路国と隣接しています。
現在でも加古郡播磨町や播磨町駅・播磨高岡駅・はりま勝原駅・播磨新宮駅・播磨徳久駅・播州赤穂駅などの地名・駅名にその名が受け継がれています。
ちなみに、播磨屋本店さんの名物「はりま焼き」はしょうゆ味のおせんべいで、我が家では全員が大好物で常連のお菓子でした(笑)。

丹波国
丹波国は、丹波高地に囲まれた内陸部の地域で、京の西隣にあったことで西側の京の玄関口として重要な地点でした。
京都の亀岡市に当時の国府が置かれ、鎌倉幕府で管領を務めた細川氏や、戦国時代では本能寺の変で有名な明智光秀などの政権を代表する有力な勢力が拠点としていました。
なお、京都府と兵庫県の広大な山間部として丹波と丹後を一つのエリアで捉えられがちですが、丹波が内陸部、丹後が日本海側という認識で差し支えないでしょう。
丹波は京都府・兵庫県両方の内陸部に広大な範囲を有しています。
兵庫県下で丹波国に含まれる領域は、以下の市町です。 (リンクを押すと各市町区の新店紹介ページへ飛びます。)
その他兵庫県外では、京都府中央部、大阪府北部が丹波国に含まれています。
丹波国の近隣国としては、西隣に播磨国・但馬、北隣に丹後国・若狭国、東隣に山城国・近江国、南隣に摂津国と隣接しています。
現在でも丹波・丹波篠山両市にそのまま丹波の名前が使われていますし、多くの地名・駅名・特産物などにその名が受け継がれています。
但馬国
但馬国は、日本海側の豊岡盆地や山陰海岸に面した自然豊かな場所でした。
京から山陰地方への玄関口にあたることから、鎌倉時代は太田氏、室町時代は山名氏、織豊時代には羽柴秀吉が支配するなど、時の政権の大勢力が収める地でもありました。
なお、現代で但馬といえば、広大な山岳地帯が広がり雪深い地域として認識されており、夏は大自然を活かしたアクティビティ、冬はスキー・スノーボード・カニ料理などが人気のエリアとしてのイメージが強いのではないでしょうか。
かつての但馬国に含まれる領域は、以下の市町です。 (リンクを押すと各市町区の新店紹介ページへ飛びます。)
兵庫県外で但馬国に含まれているエリアはありません。
但馬国の近隣国としては、西隣に因幡国、東隣に丹後国・丹波国、南隣に播磨国と隣接しています。
私は、但馬といえば但馬牛の美しい漆黒の姿が目に浮かびます。
但馬牛は神戸ビーフや松阪牛などといった全国の著名な和牛の素牛として知られ、兵庫県の重要な特産物となっています。
淡路国
淡路国は、淡路島と沼島で構成されており、四国へと続く南海道の玄関口でした。
国生みの島として知られ、またの名をオノコロ島とも呼ばれています。
御食国として京に塩や海産物を届ける重要な地域でした。
現代においても淡路たまねぎを始めとする農業・畜産・漁業が盛んな地域です。
兵庫県下で淡路国に含まれる領域は、以下の市町です。 (リンクを押すと各市町区の新店紹介ページへ飛びます。)
兵庫県外で淡路国に含まれているエリアはありません。
淡路国の近隣国としては、明石海峡を介して北に摂津国・播磨国、鳴門海峡を介して南に讃岐国・阿波国と隣接しています。
淡路国は日本を作ったイザナギ神とイザナミ神が最初に作った島が沼島・淡路島として有名であり、それに因んだイザナギ神社イザナミ神社やお寺・遺跡などがいたるところにある、歴史豊かな島です。
歴史好きな方に、是非お勧めしたい場所です。
さて、ここまでご紹介した5国は、兵庫県を構成する旧国名として有名だと思います。
しかし、知る人ぞ知る兵庫県を構成する旧国名が、あと2つあるんです!
それは、どこなのでしょうか?気になりますよね?
兵庫県を構成する旧国名 残る2つは?
一つ目が、備前国です!
大部分が岡山県に属している備前国ですが、実は兵庫県にもごくわずかですが該当するエリアがあるんです!意外ですよね!
その気になる場所は・・・
福浦地方が該当しており、JR備前福河駅などに備前の名が残っています。 (リンクを押すと各市町区の新店紹介ページへ飛びます。)
もう一つが、美作国です!
こちらも備前国と同様、大部分が岡山県に属する旧国名なのですが、兵庫県に該当するエリアがあります。
(リンクを押すと各市町区の新店紹介ページへ飛びます。)
まとめ
いかがだったでしょうか。
兵庫県を構成する旧国名について解説しました。


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